いじめ自殺を防ぐ
いじめ、そしていじめ自殺を防ぐために我々ができることは・・・
いじめ自殺があいついで起きています。
大切な子供たちをこれ以上死なせてはいけません。
精神科医樺沢紫苑が、「いじめ自殺」について、真剣に考えます。
私たち一人一人ができる、そして今からできる方法があります。
日本では、「いじめ自殺」がすごい社会問題となっています。 現在私は「自殺予防の本」を執筆しており、自殺の専門家として、この問題 に関しては何かコメントしないといけないでしょう。
去年の北海道滝川の「いじめ自殺」。そして、教師もいじめに関わっていた 福岡の「いじめ自殺」。それに触発されるように、ここのところ、いじめが原因と思われる中学生の 自殺が続いたり、あるいは自殺を予告する手紙が文部科学省に送られた り・・・と、「いじめ自殺」に関して、いろんな波紋が起こっています。・・・・・・ (続きはコチラから)
今回の福岡のいじめ自殺では、被害者の親は子供がいじめに苦しんでいる 事実を全く知らなかったようです。 これだけひどいいじめが長期に続いていたというのに、親はそれ に気づいてなかった。これに対して、「親がいじめられている徴候に気づいてあげられれば、 こんなことにならなかった」と、両親に対する批判もあるようですが、 それは精神医学的にみると、間違った批判であると言わざるを得ません。
あるいは、「死ぬくらいなら、一度くらいは親に相談するべきだ」 「自殺するくらいなら、なぜ親に相談しないのだろう?」 と思う人もいるでしょう。 ・・・・・・ (続きはコチラから)
最近、校長先生の自殺が相次いでおきています。
2006年11月12日 北九州で「恐喝いじめ隠し」発覚の小学校長が自殺
2006年11月6日 愛媛で未履修問題に悩んだ県立高の校長が自殺
2006年10月30日 茨城で、履修漏れが発覚した県立高校の校長が自殺
「いじめ自殺」が社会問題化するなか、子供たちの見本となるべき、教師の長でもある校長先生が自殺する、というのはどうなんでしょうか? 新聞報道からしかわかりませんが、いずれも不祥事に対する責任をとって、という側面が強そうです。・・・・・・ (続きはコチラから)
人と違う行動をとったり、ちょっと他の人と比べて奇異な点があると、そこをからかわれたり、バカにされたりして、いじめの対象になりやすいと言えるでしょう。しかし、横並び。みんなと同じじゃなくてはダメだ、という発想は非常に日本的だと思っていました。
しかし、最近見た映画で、この考え方をちょっと変えなくてはいけないと思っています。アメリカで2006年11月に公開した「ハッピー・フィート」です。可愛らしいペンギンが主人公のCGアニメ、興行収入2週連続第1位をとり大ヒットした作品で、・・・・・・ (続きはコチラから)
いじめの対策でよく言われるのが、「いじめをなくそう」とか「いじめ撲滅」とかいうことです。でも「いじめをなくす」ということは、本当に可能なのでしょうか?
最近「職場のいじめ」とか、大人の社会でもいじめが問題となっています。大人ですらなくすことができないのに、子供になくせといっても無理な話です。所詮無理な話を目標に掲げて対策をとっても、ちっとも現実感がありません。・・・・・・ (続きはコチラから)
【ニュース要約】児童・生徒のいじめ自殺問題で、文部科学省は19日、いじめの定義を、「一定の人間関係のある者からの、心理的・物理的攻撃により、精神的苦痛を感じるもの」と改めることを決めました。
従来は(1)一方的(2)継続的(3)深刻な――の3要件で、一つでも当てはまらなければ「いじめでない」とする事例が各地であり、本来であれば「いじめ」とすべき場合も、この定義のせいで「いじめ」でないと判断されることが多々ありました。
【樺沢コメント】 被害者が精神的苦痛を感じれば「いじめ」であると認められたわけで、被害者中心の定義改定といえます。これは、これで良いことだと思います。ただ、逆に言えば、被害者本人が「いじめられていない」と言えば、「いじめ」とはいえなくなってしまいます。
例えば、教師が児童に「いじめられていない? 何か困ったり、悩んだりしない?」と質問して、児童が「別にない」と答えたなら、「いじめ」ではないということにもなりかねません。責任逃れしたい校長なら、「本人が苦痛を感じていると言っていないからいじめではない」とか、言いだしかねません。
主観的な定義は、良い面もありますが、いじめられている子供が「苦痛を訴える」ということをしづらいのが「いじめ」の特徴です。 教師や親たちが、言葉にならない子供の苦痛を、言葉に頼らせないでも汲み取ってあげる能力がなければ、この新しい「いじめ」定義も生きてこないでしょう。
【ニュース要約】1999〜2005年度にいじめを苦にした児童・生徒の自殺件数が文部科学省の統計ではゼロだった問題で、同省がこの7年間にいじめ自殺の可能性がある37件の再調査を行ったところ、12件でいじめが確認されたことがわかりました。
しかしながら、いじめを自殺の主な原因とまで認定したケースは、このうち2件にとどまりました。いじめ自殺の特定の難しさが改めて再確認されましたが、遺族たちは「自殺の背景にいじめがあった事実はぼかさないでほしい」と訴えています。
【樺沢コメント】 以前の0件という調査結果と比べると進歩していますが、文科省は本気で自殺対策をやるつもりがあるのか、と思いたくなります。いじめが主原因であるのは、たったの2件ということですから。だいたにして、学校も教育委員会も隠蔽体質バリバリの現状で、どこまで調査できるというのでしょうか? 事件に透明性が全くない以上、調査自体がどこまで何を調べているのか怪しいものです。
おそらく、明確な証拠がないと「いじめ」とは認定しないつもりなのでしょう。でも、これって裁判じゃないんですよ。実際に、いじめにあっている子供が、今も何万、何十万人といるわけです。そうしたいじめられている子供を救うための調査ではないんでしょうか? 文科省や校長たちの保身のために調査しているとしか思えませんね。
文科省が認めたいじめ自殺は、全国でたった2件。そんなデータでは、いじめ対策の予算だってつかないじゃないですか? いったい、誰のためのいじめ調査で、誰のためのいじめ対策なのか、よく考えて欲しいものです。
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