いじめ自殺を防ぐ
いじめ、そしていじめ自殺を防ぐために我々ができることは・・・
いじめ自殺があいついで起きています。
大切な子供たちをこれ以上死なせてはいけません。
精神科医樺沢紫苑が、「いじめ自殺」について、真剣に考えます。
私たち一人一人ができる、そして今からできる方法があります。
■1 マスコミ報道がいじめ自殺に及ぼす影響
■2 いじめられる子は、なぜ親に相談しないのか?
■3 校長先生の自殺問題について
■4 人と違うことは才能だ いじめ問題の本質を描いた映画
■5 「いじめをなくす」ことより重要なこと
最近、校長先生の自殺が相次いでおきています。
2006年11月12日 北九州で「恐喝いじめ隠し」発覚の小学校長が自殺
2006年11月6日 愛媛で未履修問題に悩んだ県立高の校長が自殺
2006年10月30日 茨城で、履修漏れが発覚した県立高校の校長が、保護者説明会の当日に自殺
「いじめ自殺」が社会問題化するなか、子供たちの見本となるべき、教師の長でもある校長先生が自殺する、というのはどうなんでしょうか? 新聞報道からしかわかりませんが、いずれも不祥事に対する責任をとって、という側面が強そうです。
子供たちの「いじめ自殺」が連続して起きる。その原因は、子供たちにとって、「自殺は絶対にしてはいけない」という認識が薄いから、ということがあります。
もう一つは、「模倣」という側面です。2006年の秋から冬にかけて、突然に「いじめ自殺」が増えたという理由は、「模倣」しか考えられないでしょう。いじめられている子供の数が、急に増えたわけではないでしょうから。
子供というのは、「模倣」が好きです。というか、「模倣」こそが子供の特技であり、才能でもあるのです。「学ぶ」というのは「まねぶ」とも言われるように、人を真似ることが学ぶことだと、言われます。赤ちゃんを見ればわかりますが、赤ちゃんは親の一挙手一動を全て真似します。
子供は、人の真似をするのが本能なのです。別に意識して真似るわけでなく、無意識に真似るわけです。 心理学用語ではモデリングと言います。人を観察、模倣することによって学習することです。子供は、親や教師など、身近な人の行動や言葉などを真似て成長していくわけです。それは意識的にも無意識的にも両方です。
したがって、「校長先生が何かの責任をとって自殺する」という行動を見てしまうと、「何か問題に直面したときに、自殺という解決方法がある」というオプションが、無意識的に頭の中で刷り込まれることになります。
したがって、多感な時期である小・中学生の頃に、自分の学校の校長先生が自殺したとなれば、何も影響を及ぼさないという方がおかしいでしょう。
また、自分の学校の校長でないにしても、テレビなどで「校長先生が自殺」というニュースが報道される、それを子供たちが耳にするだけでも、「校長先生でも自殺するんだ」ということが、刷り込まれます。
つまり、「自殺=絶対悪」ではなく、「自殺=校長先生でもするような行為=倫理的にそう悪くない行為」という印象を与えます。これが欧米ですと「イエスの教えで、自殺は絶対にいけません」と幼少時から叩き込まれますから、「自殺=絶対悪」ということ意識が強固に根付きます。
その違いが大人になったときに、どのくらいの差となって出てくるのか。日本の自殺率ですが、アメリカの約2倍。イギリスの約3倍。欧米先進国と比べて2倍以上も高い、ということになります。
何かの責任をとって自殺する。そんなことが認められるのは、日本だけじゃないかと思います。キリスト教やイスラム教、ユダヤ教では自殺は厳密に禁止されています。仏教でもそうです。日本は宗教に対する関心が薄いということと、もう一つは「切腹」文化の影響も大きいでしょ。
武士の時代の切腹。自分の命に代えて責任をとるという。そんな考えは古臭いと思うでしょうが、間違いなく日本人には無意識にそうした「死によって責任をとる=美学」という考えがあります。
自殺した校長先生しても、間違いなくそうでしょう。自殺に直面した人間は冷静な判断力を失っている可能性は否定できませんが、「子供たちに与える精神的な影響」よりも「責任をとって死を選ぶ」という後者の判断が優先されたからこそ、自殺に踏み切ったのでしょうから。
テレビの報道などをみてもそうで、自殺した人に対して、私は好意的なものを感じます。校長先生の自殺にしても、「マスコミからの追求が厳しかった」と同情論も寄せられたりするくらいです。自殺は責任をとることではなく、 責任逃れであり、周囲の人たちへの影響も考慮して絶対にすべきではない。自殺は絶対に悪だと、という報道は見たことがありません。
「自殺=絶対悪」であり、「自殺=美学」ではありません。「自殺=美学」という思想は、大人だけでなく、子供たちの脳裏に染み渡っているでしょう。子供というのは、大人の行動を極めてよく観察していますから。そんな「自殺=美学」という誤った考えに支配されていれば、いじめられたときに、「いじめっ子に反撃してやろう」などという考えが出るはずもなく、自らの死を選ぶ方が何倍も楽だと言うことになります。
従いまして、我々日本人。我々大人が、ハラキリ文化と決別しなくてはいけません。「責任をとって自殺」という短絡的な行動を大人がしなくならない限り、子供の自殺も減ることはないでしょう。
Copyright (C) 2007 Zion Kabasawa All Rights Reserved.
※当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます。